Updated on 2022/04/11

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Chikashi Kitazaki
 
Organization
Faculty of Arts and Literature Department of Arts Professor

Degree

  • 博士(文学) ( 2010.2   早稲田大学 )

Research Areas

  • Humanities & Social Sciences / Aesthetics and art studies

Educational Background

  • Waseda University   文学研究科   芸術学(美術史)専攻

    1987.4 - 1988.3

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    Country: Japan

 

Primary Subjects (Course) in charge

  • 美術史基礎演習、ゼミナール(西洋美術史)、西洋美術史演習、西洋美術史一般講義、西洋美術史研究、西洋美術史研究指導

 

Papers

  • 礼拝像を離れてーバーン=ジョーンズの《天地創造の日々》の構造 Invited

    喜多崎親

    イギリス美術叢書Ⅰ ヴィジョンとファンタジー   2016.7

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 物語らぬ挿絵ーオディロン・ルドンの版画集『幽霊屋敷』の方法ー

    喜多崎親

    成城美学美術史   ( 22 )   59 - 79   2016.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (scientific journal)  

  • 広告/装飾ー時代の中のミュシャ様式 Invited

    天野知香, 田中正之, 吉田典子 他

    西洋近代の都市と芸術3 パリⅡ 近代の相克 竹林舎   2015.12

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • ラファエル前派と前ラファエッロ主義 - フランスとの関係を中心に

    喜多崎 親

    美学美術史論集   ( 20 )   261 - 283   2013.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (bulletin of university, research institution)  

  • コレスポンダンスの核 ― ルドンの《目を閉じて》に見る象徴主義

    喜多崎 親

    成城文藝   ( 219 )   116 - 144   2012.6

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (scientific journal)  

  • 「理想画」と理想派 ― 明治期に於ける象徴主義受容の一側面 Invited

    喜多崎 親

    美術フォーラム21   ( 23 )   110 - 114   2011.5

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (scientific journal)  

  • オリエンタリズムはいかに発現するか Invited

    中井亜佐子, 中野知律, 三浦玲一 他

    ジェンダー表象の政治学ーネーション、階級、植民地   2011.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 照応する幻視:オディロン・ルドンの『ヨハネ黙示録』 Invited

    喜多崎 親

    『黙示録 - デューラー/ルドン』展カタログ   95 - 100   2010.10

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 聖化する未熟 - 十九世紀フランスに於けるフラ・アンジェリコ受容

    喜多崎 親

    言語社会   ( 4 )   215 - 238   2010.3

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  • 様式選択の聖と俗 - 二項対立からの逸脱 Invited

    喜多崎 親

    西洋美術研究   ( 15 )   100 - 117   2009.12

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  • ミュシャ《ジスモンダ》とビザンティン

    喜多崎 親

    ユリイカ   152 - 163   2009.9

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • モザイクとしての様式 -ドニの点描をめぐる一考察 Reviewed

    喜多崎 親

    国立西洋美術館研究紀要   ( 11 )   7 - 23   2007.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 流動するファサード - モネの《ルーアン大聖堂》連作に見る同一性と差異性

    喜多崎 親

    美術フォーラム21   ( 7 )   35 - 40   2003.1

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  • 侵出するヴィジョン -バーン=ジョーンズとモローの作品に見るイコンの変成

    喜多崎 親

    『ウィンスロップ・コレクション』展カタログ   37 - 49   2002.9

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  • パリに顕れるビザンティン -サン=ヴァンサン=ド=ポール聖堂の様式選択 Reviewed

    喜多崎 親

    国立西洋美術館研究紀要   ( 5 )   7 - 34   2001.3

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  • 皮膚病変と聖性発現 - グリューネヴァルトのカッセルの磔刑図を見るユイスマンス Invited

    喜多崎 親

    『皮膚の想像力』(国際シンポジウム報告書)   117 - 123   2001.3

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  • 呼び交わす人物と背景 - オディロン・ルドンの《ロベール・ド・ドムシー男爵夫人の肖像》に見る象徴主義絵画の隠喩的構造 Reviewed

    喜多崎 親

    国立西洋美術館研究紀要   ( 4 )   2000.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 聖性と写実 - ボナの《キリスト》と階級的身体イメージ Reviewed

    喜多崎 親

    美學   ( 197 )   48 - 59   1999.6

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  • 見せられる裸婦と風景 - ギュスターヴ・クールベの眠れる裸婦に見る眼差しの換喩 Reviewed

    喜多崎親

    国立西洋美術館研究紀要   ( 2 )   55 - 73   1998.3

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  • 歌えなくなった詩人 - ギュスターヴ・モローの二組の《人類の生》をめぐって Reviewed

    喜多崎 親

    國學院雑誌   99 ( 3 )   15 - 30   1998.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (bulletin of university, research institution)  

  • 断片としてのオリエント -ギュスターヴ・モローの《聖なる象》にみる引用の構造

    喜多崎 親

    国立西洋美術館研究紀要   1   51 - 61   1997.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 明治洋画のイコンとナラティヴ- 歴史画受容をめぐる一考察

    喜多崎親

    『交差するまなざし - ヨーロッパと近代日本の美術』展カタログ   124 - 130   1996.7

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • ルノワールのハーレム - 国立西洋美術館蔵《アルジェリア風のパリの女達》の題名をめぐって

    喜多崎 親

    国立西洋美術館年報   ( 27-28合併 )   51 - 57   1996.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • 甦る詩人の竪琴 ギュスターヴ・モローの《死せる竪琴》における諸神混淆的ヴィジョンの形成

    喜多崎 親

    『ギュスターヴ・モロー』展カタログ   37 - 47   1995.3

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (other academic)  

  • パリのサン=ロック聖堂洗礼盤礼拝堂壁画に就いて - テオドール・シャセリオーの宗教画にみるオリエンタリズム Reviewed

    喜多崎 親

    美術史研究   ( 32 )   61 - 80   1994.12

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (bulletin of university, research institution)  

  • 1874年のサロンにおける国家買上ならびに注文作品に就いて

    喜多崎 親

    『1874年 - パリ[第1回印象派展]とその時代』展カタログ   209 - 220   1994

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (scientific journal)  

  • ギュスターヴ・モローの《出現》に就いて Reviewed

    喜多崎 親

    美術史   ( 133 )   15 - 29   1993.2

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (scientific journal)  

  • ギュスターヴ・モローのユピテルとセメレー

    喜多崎 親

    美術史研究   ( 25 )   107 - 126   1987.12

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    Language:Japanese   Publishing type:Research paper (bulletin of university, research institution)  

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Books

  • 聖性の転位 - 一九世紀フランスに於ける宗教画の変貌

    喜多崎 親( Role: Sole author)

    三元社  2011.2 

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    Language:Japanese Book type:Scholarly book

    「聖なるものをそれに相応しく描く」というのは、ルネサンス以降の西欧の美術史の中では、歴史画に於ける「デコールム(適切さ)」の問題であった。このデコールムという概念は、歴史的人物を描く際に、容姿や服装やポーズ等をそれらしく見えるように描くべきであるという議論であって、様式選択の問題ではない。システィーナ礼拝堂にミケランジェロが描いた裸体に後に腰布が付け加えられたという事例にも明らかなように、忌避されたのは肉体賛美や官能性といった異教的要素であり、様式自体が問題になったのではなかった。ところが19世紀になってフランスでは、それが様式の選択、即ち「モード」の問題として現れてくる。  フランスでは大革命の際にカトリック教会が否定され、聖堂が民衆の略奪と破壊の対象となって荒廃するという、所謂ヴァンダリズムと呼ばれる状況が出来した。1801年第一執政ナポレオン・ボナパルトはローマ教皇ピウス7世と政教条約を結び、フランスに於けるカトリック教会は復活し、以後フランスの聖堂は各県の管理下に入った。特に七月王政期には、ヴァンダリズムによって荒廃した各地の聖堂の復興が計られ、新たな聖堂が建てられただけではなく、既存の聖堂のためにも数多くの壁画や天井画が注文された。宗教画を如何に描くべきかという問題はその中で顕在化し、聖堂装飾やサロン出品の宗教画に関する批評は、しばしばその問題に言及した。  これまでの19世紀フランスの宗教画に関する研究も、この問題に関して積極的に触れてきた。1987年に刊行されたフーカールの『フランスに於ける宗教画の刷新』は、1830年から1860年までのフランス宗教画を概観するもので、百科辞典的ともいえる網羅的な構成を持つものであるが、特に第2章に於いて、七月王政期の自由主義カトリックの中から、ラファエッロの後期以降の様式を否定し、それ以前に戻るべきだという議論が出てきたことを明確に跡づけている。  また1992年にドリスケルが著した『表象する信仰』は、七月王政期から世紀末に至るフランスの宗教画に於けるモードの問題を、再現的・写実的な様式と非再現的・記号的な様式という二項対立的な図式に基づいて整理したものであり、七月王政期と世紀末とでは、保守と前衛でスタイルの転換は起こるものの、非再現的様式が終始、聖なるものを表す「ヒエラティック・モード」として機能したという観点に立つものであった。  2002年のビューザーによる欧米の19世紀の宗教画に就いての二分冊の概説書『ヨーロッパとアメリカに於ける19世紀の宗教芸術』、2003年のビュレンによる『再発見されたビザンティウム』も、この「ヒエラティック・モード」に関しては、ドリスケルに拠るところが大きい。  2007年には、アミオ=ソルニエの著作『フランスに於ける宗教画 1873-1879年』が出版されたが、これは表題からも明らかなように、フーカールを意識した、しかし彼が全く扱わなかった第三共和制期の宗教画に的を絞った網羅的な研究である。ドリスケルのような単純化された二項対立こそ目立たないものの、基本的には様式によるグルーピングを行っており、個々の作品への言及は1~2頁にすぎない。  本論文は当然のことながらこうした先行研究に多くの恩恵を受けているが、最もそれらと大きく異なっているのは、19世紀の後半、約半世紀に亘る個別の事例 - 多くは1作品 - の研究という体裁を採り、なおかつ、それらを並べることで見えてくるものを探ろうとしている点である。  ドリスケルに代表される二項対立の枠組は、宗教美術に於ける「ヒエラティック・モード」と「イコン的」造形を同一視することによってもたらされたと考えられる。本来「ヒエラティック」とは、聖なる対象を造形化するにあたって要求される超越性や威厳性を示し、エジプト美術やビザンティン美術などの再現性を抑制された様式にしばしば用いられる概念であるが、必ずしも何らかの具体的特色を直接的に意味するものではない。これに対して「イコン的」というのは、「ナラティヴ」の対概念で、宗教画の中で、礼拝画が持つ造形的特色を、物語画が持つ叙述的特色に対立させて捉えたものである。礼拝の対象となる像は、心理的効果から信者の方を向き(正面観)、左右対称の構図を採ったり、現実の空間や特定の時間の表現、画面内でのドラマといった要素が極力排除される傾向を持つ。こうした造形的特色は、結果として「ヒエラティック」であることになるが、しかし「ヒエラティック」だと見なされるものが、即ち「イコン的」であるということにはならない。だがドリスケルは「ヒエラティック」と「イコン的」という概念を無批判に同一視している。これまで漠然と同一視されていたこの二つの概念を分け、「ヒエラティック・モード」という言葉を特定の造形的特色ではなく、「聖なるものを表すに相応しい様式」として規定することで、19世紀フランスの宗教画における「ヒエラティック・モード」の多様なありようを浮彫にするのが本論文の目的である。  従って本論文では、分析の対象となる各作品に就いて、様式論・意味論だけでなく、イメージが作り上げられるまでの過程を問題にする生成論、イメージがコンテキストによって如何に読まれるかの受容論をも方法として用い、かつ分析に最も適した視点を選んだ結果、それらの方法の比率も各章によって異なっている。一方、特にそれぞれの作品が当時如何に受容されたかを見るために同時代批評を重視し、イメージが多様に読まれていく様子を具体的に明確にするとともに、その背景にあるものに就いても考察すべく努めた。近代の画家が聖なるものを如何に表象しようとしたか、そしてそれは同時代に如何なるものとして読まれたか、それを検証するのが本論文の課題である。  第1章では、1853年に完成したパリのサン=ヴァンサン=ド=ポール聖堂の壁画に就いて扱った。この聖堂を採り上げたのは、建築そのものが19世紀の設計であり、かつエドゥアール・ピコやイポリット・フランドランといったカトリック復興期を代表する画家がその装飾に参加し、正面観や金地など、ビザンティンを示唆する様式が用いられているためである。  ここでは、ギリシアの多彩色建築を現代によみがえらせようとした建築家ジャック=イニャス・イットルフの計画と、同時代の宗教画革新運動に基づくピコやフランドランよるプリミティヴな様式選択とが、アプシスの巨大なキリストに視線を導くビザンティン的な統一空間を現出させたことが明らかにされた。だが、ピコとフランドランそれぞれの壁画に対する同時代の評価は割れていた。パントクラトールのキリストを想起させるピコへの評価が低いのは、ビザンティン美術が単にプリミティヴと捉えられただけではなく、異教的で頽廃的と見なされたことに拠っていた。一方フランドランへの評価が高かったのは、それがパルテノンのフリーズという古典的規範を想起させたためであった。キリスト教美術であるビザンティン美術を異教的だと断罪しながら、異教そのものである古代ギリシア美術をその理想美ゆえに免罪するこの奇妙な理屈は、対象が宗教画であるだけ、古典主義的美学と中世美術への再評価との間の軋轢を際だたせるものである。  ビザンティン的なものが、多彩色建築の歴史的評価と中世的絵画様式の復興という二つの状況が重なって現出する様子を明らかにする過程で、この章では、壁画の理念、プリミティヴ様式への回帰、ビザンティンへの評価を巡る複雑な状況など、その後の19世紀の宗教画にとって重要な問題も提起される。  第2章では、1853年にパリのサン=ロック聖堂の洗礼盤礼拝堂にテオドール・シャセリオーが描いた壁画を扱った。異教徒の洗礼という主題が同時代の聖書世界のオリエント化と如何に関係し、かつオリエント化されたイメージが画家や宗教的理念を離れ、独自の意味を形成していくことを明らかにする。 この聖堂では、洗礼にまつわる、しかしキリストと洗礼者ヨハネではない主題を選択することが最初から条件付けられていた。必然的にそれは異教徒の洗礼となることから、異教性を強調する手法としてオリエントの表象が積極的に採り入れられた。その背景には、聖書世界をアラブとして描くオラース・ヴェルネの方法があり、《聖フィリポ》に於いては、オリエンタリズムのトポスとしてのオダリスクや黒人が、《聖ザビエル》に於いては、インドの表象としてのカーストが有効に機能する。だが、それは同時に、所謂サイード的なオリエンタリズムを発動させることにもなった。同時代の批評家達は、《聖フィリポ》の御者に無邪気な好奇心を、ハーレムの女性に無関心を割り振り、洗礼を受ける黒人宦官に奴隷の卑屈さを見出した。また《聖ザビエル》に於いては、聖人を頂点とする人種のヒエラルキーが看取された。異教性の強調は、異教徒のキリスト教への帰依という文脈に乗ることで、過剰な意味を生産したのである。  ここで扱われたヴェルネが提唱する現代アラブの風俗を以て聖書世界を表象するという手法は、再現性と聖性の問題としては第3章に、オリエントが助長する想像的イメージの問題としては第4章に、それぞれ関係する。 第3章は、第三共和制初期にレオン・ボナがパリ裁判所の重罪院のために描いた磔刑像を扱っている。ボナの《キリスト》は、1874年のサロンに出品された際に大方の批評家達によって批判された。彼らはこの磔刑にされた身体に、犯罪者あるいは労働者階級の身体を見たのである。犯罪者という解釈がキリストに見えない磔の姿に由来し、労働者階級という解釈が写実的な肉体の描写に由来するとはいえ、それらはボナの《キリスト》の身体の上で重ねられ同一化していた。アカデミックな経歴と評価を有するボナが、敢えてキリストに見えないキリストを描こうとしたとは考えられず、その写実性はボナが傾倒したスペイン17世紀に由来するものであった。当時の批評家達もそのことには気づいていながら、リベラなどの写実性には認められた聖性がボナには認められなかった。またジョリ=カルル・ユイスマンスのグリューネヴァルトの磔刑像に関する記述から明らかなように、下層階級を思わせる醜い身体が必ずしも聖性否定に繋がる訳でもなかった。これらの言説からは、非再現的では全くない写実的様式が、「ヒエラティック・モード」として機能する可能性すらあったことが示唆される。  だがボナの場合には、この作品が法廷のための絵画であったこと、実際に屍体をモデルとして制作したことが知られていたこと、注文の背景に労働者の反乱として評価されたパリ・コミューンがあったことなどが重なり、犯罪者の温床としての労働者階級という当時成立していた偏見や、犯罪人類学に代表される犯罪者のフィジオノミーといった要素が顕在化したと考えられるのである。  第4章は1876年のサロンに出品されたギュスターヴ・モローの《出現》に関するものである。宝飾品を身につけただけの殆ど裸体のサロメと中空に浮いたヨハネの首とが対峙する特異な図像の発想源の検証を通じて、聖なるものと俗なるものの表象に如何にオリエンタリズムとジェンダーが関わるか、また両者を分かつ空間の問題がナラティヴとイコンという視点から論じられる。  男性性と女性性を対立させるのは1860年代以来、モローの神話画のひとつの特色であり、《出現》でもサロメとヨハネとに俗性と聖性とを体現させようとしたことは明らかである。裸体に装飾品を纏っただけのサロメは、肉体や物質性の象徴として最適であるが、実はサロメが裸体として認識されるのはアルメと呼ばれるエジプトの舞姫のイメージが浸透する19世紀後半のことであった。またモローはサロメの装身具を様々な時代や地域の装飾モティーフの合成物とすることで総体としてのオリエントの象徴を作り出すことに成功した。一方、モローは日本の浮世絵に基づいて、ヴィジョンとして異次元に属する首の発想を得たが、円光に包まれた頭部としてのヨハネは、目を見開き、血を流しているように、単に聖性や精神性を象徴するだけなら必要のない演出を施されている。血はモローが同時期に制作した《聖セバスティアヌス》等との比較から、犠牲による洗礼として解釈することが出来、見世物に由来する生きている首という設定と共に、ヨハネの首が聖なるイコンとして機能していることを示している。ここで扱われた幻視の問題は、次の第5章にも繋がっている。  第5章では、モーリス・ドニが、1890年頃に平面的賦彩と点描という一見相反する様式を並行して用いていることに着目し、平面的賦彩と点描それぞれの作例がある《カトリックの神秘》を中心に、通常印象派の筆触分割の延長に位置づけられる点描技法に、新しい「ヒエラティック・モード」の可能性があったことを指摘した。これは平面的賦彩には従来「ヒエラティック・モード」としての機能が認められてきたことに加え、点描には当時モザイクと共通する造形効果が認められていたこと、19世紀後半のフランスではビザンティン美術に対する評価が肯定的なものへと大きく変化し、公建築の装飾でもモザイクの復興が起こっていたこと、当時モザイクの技法自体が非再現的なある種の「ヒエラティック・モード」として捉えられていたことを指摘し、点描もまた「ヒエラティック・モード」として探求された可能性があったと結論づけた。内容的には、第1章のビザンティン復興や壁画の問題にも関連する。  最後に、以上の各章で扱われてきた問題がキリスト教絵画ではない領域に於いて如何なる射程を持ちうるかを、日本の明治期の洋画を例に検討し、日本近代美術を考える上での新しい視点をひとつ提供する章を補論を加えた。黒田清輝の《智、感、情》、《昔語り》から、藤島武二の《天平時代の面影》、青木繁の《海の幸》、中村不折の《建国剏業》を経て、中沢弘光の《おもひで》に至る作例の系譜を辿ることで、キリスト教絵画は勿論、宗教画の制作自体が極めて限られていた明治期の洋画界に於いて、西欧の「ヒエラティック・モード」の問題が、結果としてナラティヴな要素を限定した「理想画」という一種の寓意画の問題として現れてくることが示された。  19世紀の前半に於いても、「聖なるものをそれに相応しく描く」ことは必ずしも特定の様式を「ヒエラティック・モード」として選択することではなかった。これまでの研究に於いて殆ど自明のように前提とされていた、聖なるものを描くには非再現的・象徴的に描くことが求められ、再現的・写実的に描くことは拒否されたという二項対立的な図式に簡単には当てはまらないのである。約半世紀の間、イメージに於ける聖性は、コンテキストに従って両者の間で様々に転位する。それは「ヒエラティック・モード」と非再現的・象徴的な「イコン性」とが、ある場合には一致し、ある場合には離反したということを意味する。  このような状態を作り出すコンテキストとして、特に19世紀の場合に他の時代より強く介入してきたものが、時代や地域に関する知識、視覚的な印象という要素であった。考古学によってもたらされた多彩色建築、民族誌によって醸成された古代のオリエント像などは、宗教画にリアルな感覚 - まさしくそれもひとつの「相応しさ」である - を導入すると同時に、常に幻想へと逸脱する要素を孕んでもいた。更にそこには、労働者階級に対する意識といった時代的トポスが干渉し、解釈にも影響を与えていた。また、中世や日本など、ルネサンスに成立した西欧の表象システムに拠らない造形が、新しい絵画の手法として採り入れられた。浮世絵版画の中のコマや、モザイクに由来する効果は、再現性を離れ「ヒエラティック・モード」を形成する可能性を有していたのである。そしてこの非再現性の問題は、当然ながら20世紀初頭のモダニズムの展開と無関係ではあり得ない。フォーマリスティックな発展史観は、美術から主題や内容がそぎ落とされていく経過として近代美術を記述したが、寧ろ主題や内容を表象するために世紀末にモードの選択が試みられていたことは、もっと着目されるべきであろう。その点で、本研究のテーマは美術に於ける象徴主義の問題に連結するが、それは本論文の範囲を遙かに超えている。  19世紀の宗教画の多くが、同時代的な要素によって支えられ、同時代にはそれに基づく議論がなされていた以上、それらが後世忘れられ、殆ど芸術作品として認められなくなったことは、寧ろ当然なのではあるまいか。我々はそこに同時代の価値観に基づいて芸術的価値を見出す必要は必ずしもない。しかし作品とその生成過程とその同時代の受容から、イメージにまつわる実に豊かな展開をひもとくことは出来るのである。これは決して作品を歴史の単なる一資料として位置づけることを意味しない。寧ろ個々の美術作品が、作品それ自体のみならず歴史や社会といった文脈の中にしか成立しえないことを証しているのである。こうした材料を豊富に提供することは、宗教画そのものとしては衰退ということになるのかもしれない。しかしここで提出された多くの問題は、それが宗教画でなければ成り立たない性質のものでもあった。19世紀の宗教画を読み解く意味はそこにある。

  • 岩波 西洋美術用語辞典

    喜多崎 親、益田朋幸( Role: Joint editor)

    岩波書店  2005.11 

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    Language:Japanese Book type:Dictionary, encyclopedia

  • 西洋近代の都市と芸術 パリ I

    喜多崎親、天野知香、三浦篤 他( Role: Joint author ,  序と論文「彫刻と蠟人形の間 ― ドガの《十四歳の小さな踊子》の彫刻史的位置」)

    竹林舎  2014.4 

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    Language:Japanese Book type:Scholarly book

  • 怪異を語る 伝統と創作のあいだで

    喜多崎親, 京極夏彦, 常光徹, 東雅夫, 太田晋( Role: Edit)

    三元社  2017.3 

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    Language:Japanese Book type:General book, introductory book for general audience

  • 〈西洋美術史を学ぶ〉ということ

    高階秀爾, 千足伸行, 石鍋真澄( Role: Sole author)

    三元社  2014.12 

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    Language:Japanese Book type:General book, introductory book for general audience